大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和60年(ラ)754号 決定

抗告人 守田利正

右代理人弁護士 野村孝之

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原決定を取り消し、相手方三井不動産ローン保証株式会社の本件不動産引渡命令の申立てを却下する。」との裁判を求めるというのであり、抗告の理由は別紙「理由書」記載のとおりである。

二  そこで検討するに、本件記録によると、相手方は昭和五八年一〇月二二日、中川二江から原決定添付物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及びその敷地持分につき抵当権の設定を受けて、その旨の登記を経由し、昭和五九年八月一〇日原裁判所に右抵当権に基づき本件競売の申立てをし、同月一三日競売開始決定がなされ、同月一五日差押登記が経由されてその効力を生じたこと、一方昭和五九年一月九日付建物賃貸借契約公正証書により、債務者中川二江と海老原昇との間に、期間昭和五八年一二月一日から三年間、賃料一か月金二万円、支払方法期間内支払済、敷金金三〇〇万円、特約転貸・譲渡の自由との賃貸借契約がなされ、その後昭和五九年八月一三日海老原昇は抗告人に対して前記賃借権を譲渡し、同年八月二八日受付で右賃借権設定仮登記を経由していること及び同年七月二四日までは債務者中川二江が居住し、海老原昇は居住していないこと、その後本件差押登記の前々日である同年八月一三日ころから抗告人が居住するに至つたが、同人は本決定肩書住居において妻子ら四名と共に生活するものであつて、同人の本件建物の使用の状態は、通常の日常生活が可能な状態にはなく、暫定的に寝起きに使用することができる状態に過ぎないこと更に、同年一〇月一八日には東京地方裁判所において債権者中川二江、債務者抗告人間の昭和五九年(ヨ)第六六二三号事件で和解が成立し、債権者は債務者に対し債務の弁済の内金として金三五〇万円の支払義務を認め、これを昭和五九年一〇月末日限り金二五〇万円、同年一二月末日限り金一〇〇万円を支払うこと、債務者は前記金二五〇万円の支払と引換えに本件建物を債権者に明渡す旨約定していることが認められる。

以上の認定事実によると、海老原昇の賃貸借契約は、その約定賃料が極めて低額であるとともに敷金が異常に高額であるうえ、賃料の三年分の前払い及び賃借権の譲渡、転貸自由という通常の賃貸借契約ではみられない内容であること及び右賃貸借後も中川二江が本件建物に居住し、海老原昇は本件建物を使用していないこと等からみて、同人の短期賃借権は真に用益する意思のない賃借権というべきであり、また抗告人は右の如き賃借権を本件差押登記の直前になつて譲り受け、占有使用を始めその占有の態様も暫定的な寝起きに使用するにとどまつていること及び本件差押登記後抗告人は、前示のとおり本件建物に賃借権設定仮登記を経由し、中川二江との間で債務の一部弁済によつて本件建物の明渡をなすべき旨の和解をするなどの行動をとつていること等を考慮すると、抗告人は、本件建物につき何らの担保も得ていなかつたため、本件抵当権実行のあることを予期し、買受人に対する引渡を含む本件抵当権実行を妨害することによつて幾分なりとも債権の回収を図る目的をもつて、海老原昇の賃借権を本件差押登記の直前に譲り受けてこれを占有するに至つたものであるというべきである。

したがつて、抗告人の賃借権は、真に用益する意思のない賃借権であつて抵当権と用益権との調整を図ろうとする民法三九五条の規定の趣旨に照らして、同条によつて保護を受けるべき短期賃借権でないばかりでなく、抗告人の右賃借権譲受の目的に徴し、抗告人が、本件引渡命令の手続において、右譲受賃借権を有することを主張することは権利の濫用として許されないものといわなければならない。

三  次に、抗告人は敷金返還請求権との同時履行の抗弁権及び留置権を主張するが、これらの権利はいずれも抗告人の右賃借権を前提として生ずるものであるところ、抗告人が本件引渡命令の手続において右譲受賃借権を有することを主張することが許されないことは前段説示のとおりであるから、これらの主張はいずれもその前提を欠き理由がない。

四  そうすると、抗告人は、民事執行法一八八条、八三条にいう「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」に当るものというべきであり、原決定は正当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却する

(裁判長裁判官 柳川俊一 裁判官 三宅純一 林醇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例